物理では多くの物理量を扱うが、それらの中には
どちらの方向を向いているかが重要な意味を持つものがある。
例えば、速度、力などがある。
速度の場合、どのくらいの速さ(200km/hなど)で動いているかも
重要だが、どちらの方向に(新大阪に向かって、など)動いているかも考えるべきだろう。
これらはベクトルを使って表すことができる。
一方、向きを考える必要がないものも多くある。
例えば、温度、時間、面積などである。
温度は何度であるかだけが問題になるのであって、
「西向きに20℃」などと言っても意味がない。
これらの、ベクトルを使わないで数のみで表す量のことを
スカラー量と呼ぶ。
高校までの物理では、ベクトル量を矢印で表しはするが
ベクトルの成分を考えて演算を行うことはなかった。
ベクトル解析は大学以上の物理の大きな特徴である。
高校数学ではベクトルは文字の上に矢印をつけて表すが、
大学数学では太字を使って表すことが多い。
新イシカワ物理学研究所では、この表記に慣れるという意味もこめて
太字で表記している。
例えば、Aという風に表記する。
矢印で表すか太字で表すかは単なる書き方の違いであって、
本質的な違いは全くない。
手書きでベクトルを太字で表記する場合、
縦線を適当に1本足して表記する。
例えば以下のようになる。
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… (a) |
ここに書いたのは一例であって、太字であるとわかれば
ある程度自由に表記してよい。
「ファインマン物理学」電磁気学の第2章に
手書き太字ベクトルの例が全アルファベット載っているので、
参照してかっこいい手書きベクトルを追求するとよい
(日本語版ファインマン物理学にも載っているかどうかは未確認)。
ベクトルとしてよく使われるものに、「位置ベクトル」という
ものがある。
移動している物体の位置を示す場合などは、位置をベクトルとして扱ったほうが
便利である。
位置ベクトルは通常rで表す。
ある物体が空間座標でx座標がx、座標がy、z座標がzの
位置にいる場合、
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… (1) |
というふうに表す。
高校では主に横書きで表記したと思うが、
縦書きにしたほうが見やすく、計算もしやすい。
横向きの表記を横ベクトル、縦向きを縦ベクトルと呼ぶ。
地の文でベクトルを表す場合は、
縦ベクトルでは書けないので横ベクトルでr=
(x,y,z)などと表す。
ベクトル中の要素のことをベクトルの成分と呼ぶ。
実際に位置が確定している場合はベクトルの成分は
変数でなく具体的な数になる。
例えば(1,2,3)の位置を表す場合、
|
… (2) |
と書けばよい。
ベクトル同士の等式は、それぞれの成分が全て等しいことを表す。
私たちのいる空間は3次元なので、
3つの要素をもっているベクトルを使えば空間上の全方向を
表すことができる。
そこで、物理で使うベクトル量は多くの場合3次元のベクトルを使って
表す。 ただし、相対論では時間も含め4次元のベクトルを使うなど、
例外もいくつかある。
以下では、特に断らない限り3次元のベクトルで、成分が実数であるものを扱う。
ベクトルの足し算と引き算は
高校数学で習うが、簡単に復習しておこう。
ベクトルの足し算や引き算は、成分同士に対して足し算、引き算を
行えばよい。 よって、計算結果もベクトルになる。
例えばr=(x,y,z)とr’=(x,y,z)の
引き算は以下のように行う。
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… (3) |
計算は簡単だが、これが図形的にどういう意味を持っているかが重要である。
r−r’は、下図の青いベクトルを表している。
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… (b) |
図を見ればわかるとおり、r−r’は
r’から見たときのrの位置を表すベクトルになっている。
rにある物体とr’にある物体が相互作用をしている場合には、
このようなベクトルの差をよく使う。
次に、ベクトルの値が変化する場合について考えよう。
ここでは何か1つの変数によってベクトルが変化する場合を
考える。
このようなもので一番代表的なのは、
物理量が時間変化する場合である。
例えば、位置ベクトルが時間変化するというのは、
物体が動くことを表している。
時間を決めると位置は一通りに決まるので、
位置は時間の関数と言うことができる。
このように、関数であるベクトルのことをベクトル関数と言う。
例えば、位置ベクトルが時間の関数であることを表現する場合、
r(t)というふうに書く。
ベクトル関数は、成分がそれぞれ独立した関数になっている。
すなわち、r(t)=(x(t),y(t),z(t))ということである。
ベクトル関数に対して、ベクトルでなくスカラーの
関数はスカラー関数と呼ばれる。
ベクトル関数についても微分を考えることができる。
時間変化する位置ベクトルr(t)例にとって考えてみよう。
ベクトル関数を微分する場合、それぞれの成分を微分すればよい。
すなわち、以下のようにする。
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… (4) |
足し算や引き算と同じように、計算方法自体は単純である。
この場合もやはり微分をしたときにどのようなベクトルになるかが
重要である。 そこで、微分の定義に戻って考えてみよう。
ベクトル関数の微分の定義はスカラー関数の定義と同じように、
以下のようになっている。
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… (5) |
これを図示して考えてみよう。
まず、時間変化によるベクトルrの軌道を描く。
するとr(t)とr(t+凾煤jは、この軌道上の点を
それぞれ指すことになる。
凾狽ェ小さい極限を取ることを考えると、
tからt+凾狽ヨの時間の変化はごくわずかだということになる。
この間での位置ベクトルの変化もわずかであると考えられる。
微分して導いた導関数(これもベクトルである)は、
以下の赤い部分のようになる。
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… (c) |
凾狽ェ小さい極限をとると、r(t)とr(t+凾煤jは
非常に近くなる。
このことから、導関数は軌道に対し接線の方向を向いているベクトルに
なることがわかる。
また、導関数の大きさは、時間に対して位置の変化が急激であるほど
大きくなる。
これらのことから、位置ベクトルを時間で微分すると
速度ベクトルが得られるということがわかる
(詳しくは力学のページに書く予定)。
ここで紹介したのは時間変化する位置ベクトルの場合であるが、
他のベクトル関数の場合も微分すると軌道に対し接線方向を向いたベクトルが得られる。
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