新イシカワ量子力学− デルタ関数ポテンシャル


 前節では、1次元の問題の最初の例として井戸型ポテンシャルを 扱った。  ここでは、2つめの例としてデルタ関数型のポテンシャルの 問題を考える。  この問題を解くことにより、トンネル効果という 量子力学特有の興味深い現象を見ることができる。  デルタ関数については、物理数学 「デルタ関数」参照。 


 前節の井戸型ポテンシャルでは、粒子の波動関数が ある一定の領域内に束縛されていた。  これは、粒子が井戸の中にしか存在し得ない ことを表しており、束縛状態と呼ぶのであった。  これに対し、ここではデルタ関数ポテンシャルの 散乱状態について調べる。  散乱状態とは、束縛状態のように粒子がある一定の範囲内にのみ 存在する状態ではなく、無限遠まで含め全ての領域に 存在しうる状態である。 

 散乱状態か束縛状態かに関係なく、粒子の波動関数は 以下のシュレディンガー方程式に従う。 
   … (1)

よって、散乱問題を解く場合も、ポテンシャルを指定して シュレディンガー方程式を解くことによって粒子の運動の様子を 知ることができるのである。 

 デルタ関数ポテンシャルを扱う前に、まず 散乱問題の例として自由粒子を扱っておく。  自由粒子とは、ポテンシャルの影響を全く受けていない 粒子のことで、V=0に対応する粒子である。  自由粒子のシュレディンガー方程式は、
   … (2)

となる。  ただし、エネルギーE>0とする。 なぜなら、 ポテンシャルが常に0であるので、 エネルギーが正にならないとどこにも粒子が存在できなくなって しまうからである。  量子力学では、ポテンシャルよりもエネルギーが 低い領域にも粒子は存在しうるが、 全範囲でポテンシャルよりもエネルギーが 低いと粒子はどこにも存在できない。 

 (2)を解こうとする際に係数が繁雑になるので、 以下のような定数kを導入する。 
   … (3)

(分数の)分子は古典的には運動量に対応する。  そのこととド・ブロイの関係式から、このkは物質波の波数に 相当することがわかる。 

 このkを使ってシュレディンガー方程式(2)を解くと 以下のようになる。 
   … (4)

これは定数係数二階線型微分方程式であり(物理数学で扱う予定)、 一般解は以下のようになる。 
   … (5)

A、Bは任意の定数である。 二階の微分方程式なので、 任意定数を2つ含んでいる。  微分方程式の解き方を知らない場合でも、代入すれば 成り立つことが確認できる。  通常この形の微分方程式の解としてはA cos kx+B sin kxのような 形のものを使うことが多い(これも代入すれば成り立つことが 確認できる)が、波動関数はもともと複素数であるという点と、 物理的意味がはっきりするという点から(5)式の形のほうが よく使われる。  後でまた触れるが、どちらの表式をとるかは、 実は基本状態の取り方に対応する。 

 自由粒子の波動関数は(5)のように書くことができた。  自由粒子に関しては、これ以上のことをすることができない。  前節の井戸型ポテンシャルのような場合には、 境界条件からエネルギーが量子化され、 規格化条件により任意定数が決定された。  しかし、この場合はエネルギーに関する制約はE>0以外 一切ない。  束縛されていない粒子は、自由なエネルギーをもつことができる というわけである。 

 また、規格化もすることができない。  波動関数の大きさの自乗は無限遠方でも収束しない (このことが散乱状態の定義である)ため、 積分は発散してしまう。  そのため、厳密に言えばこのような粒子は存在しないことに なる。  一般に、散乱状態の粒子の波動関数は規格化不可能である。  これは、ここで時間に依存しないシュレディンガー方程式を解き、 エネルギー固有状態について考えていることに原因がある。  現実にはいろいろなエネルギーが重ね合わされた状態が 実現しているわけであるが、そのような場合には 規格化可能になり得る。  現実の粒子は、そのような規格化可能な状態にあると考えればよい。 

 (5)の解について、もう1つ重要なことがある。  それは、(5)式が2つの項の重ね合わせの形になっているということである。  第1項と第2項はそれぞれ独立した関数であり、 別の状態に対応すると考えられる。  このように、自由粒子は1つのエネルギーに2つの状態が対応する。  エネルギーに対し状態が複数あることを、 エネルギーが縮退していると言う。 

 縮退している第1項および第2項の波動関数が それぞれどのような状態を表しているのか考えてみよう。  そのためには、時間に依存する波動関数を考えるとよい。  エネルギー固有状態に対応する波動関数は、 時間に依存しない波動関数にe−iEt/ħをかければ 求められるのであった。  よって、第1項に関する時間に依存する波動関数は、
   … (6)

となる。  1行目から2行目へは、アインシュタインの関係式E=ħωを 使って書き直した。 また、波動関数の性質のみを 調べることが目的なので定数Aは無視した。  この形は、関数f(x)がωt/kだけ平行移動されている 形になっており、右向きに(正の方向)速度ω/kで進む進行波を 表している (進行波の式に関しては、 電磁気学「電磁波」も参照)。 

 第2項も同じように時間に依存する波動関数を考えると、
   … (7)

となる。 今度は逆に、左向きの進行波を表している。 

 以上のように、自由粒子のエネルギーは2重に縮退しており、 それぞれのエネルギーについて右向きと左向きの状態があることが わかった。  エネルギーが指定されていても、 これら2つの状態の重ね合わせならばどのような状態も 実現し得る。  先ほど、シュレディンガー方程式の解として cos kx、sin kxのような形もあるということを 紹介した。  これらの状態は、(5)式の状態と違って左右向きの 進行波を表すわけではなく、位置に関する情報を持っている(位置によって その大きさが変わる)。  つまり、(5)式の状態は、縮退している2つの状態に関して 右向き・左向きの進行波(運動のしかた)を基本状態として選んでいることになる。  一方、sinとcosの状態は、縮退している2つの状態について 基本状態を位置に関する情報で選んだことになる。 


 以上で自由粒子を一旦終え、デルタ関数ポテンシャルの問題に入る。  デルタ関数ポテンシャルは以下のような形をしている。 

   … (8)

 Vは正の定数である。  デルタ関数δ(x)は、形式的にはx=0で無限大、 x≠0で0になる関数である。 よって、 イメージとしては原点に無限の高さ、幅ゼロの壁(もちろん 実際に空間内にある壁ではなくポテンシャルの壁)が あるような状態であると考えてよい。  古典的には、このポテンシャルの壁は越えることができない。  量子力学ではどのようになるか、シュレディンガー方程式を 使って考えていこう。 

 (8)式の形について、一つ注意しておくべきことがある。  すなわち、ポテンシャルはエネルギーの次元を持つが、 Vはエネルギーの次元を持たないということである。  デルタ関数は、物理数学のページでも紹介した通り、 長さを引数とする場合[長さ]−1の次元を持つ。  よって、Vの次元は[エネルギー×長さ] ということになる。 

 (8)式の形を持つデルタ関数ポテンシャルにおける シュレディンガー方程式は以下のような形を取る。 
   … (9)

物理数学のページでも触れたが、デルタ関数は 積分しないと扱うことができない。  そこで、このシュレディンガー方程式を積分することにする。  こうすることによって、原点付近での波動関数の様子を知ることができる。  原点以外ではポテンシャルはゼロで、波動関数は 自由粒子と同じになると考えられる。  よって、原点付近でシュレディンガー方程式を積分して 原点に置ける波動関数の条件を調べれば、 この問題を解くことができる。 

 以上のようなことから、εを微小量として(9)式を−εからε まで積分する。  ここではεという表現を使いはするが、ε−δ論法のような 難しいことをやっているのではない。 
   … (10)

左辺第1項は積分するとψの一階微分になる。  第2項はデルタ関数の定義からx=0での値を取ればよい。  右辺は、積分範囲が微小であることを考えると、 Eもψも有限であるため0に収束すると考えられる。  よって、この積分は以下のように計算できる。 
   … (11)

これは、波動関数の微分が原点において右辺分だけの 不連続を持つことを表している。  このように、ポテンシャルが原点でデルタ関数型になるということから 波動関数に関する条件を求めることができた。  波動関数自体は、(11)式をさらに積分すると、 原点でも連続であることがわかる。 

 原点以外では自由粒子と同じく、ポテンシャルは存在しない ことになる。  つまり、自由粒子の解(5)式がそのまま使える。  ただし、原点では条件(11)を満たさなければならないので、 x>0の領域とx<0の領域を別々に考え、 後でx=0における接続条件を考えるとよい。 

 今、負の無限大の方向から原点に向かって 粒子が入射する場合を考える。  この場合は、粒子の波動関数は原点の前後で 一般に以下のように表すことができる。 
   … (12)

A、B、Cは定数である。  上の行の第1項は右向きの進行波で、入射粒子の波動関数を表す。  第2項は左向きの進行波なので、デルタ関数の壁に 反射された粒子の(確率の)流れを表す。  下の行はx>0の波動関数であるが、この領域では 右向きの進行波のみを考えればよい。  なぜなら、粒子は−x方向から入射すると考えているので、 x>0で左向きに進む状況は考えられないからである。  x>0の波動関数は、ポテンシャルの壁を通過してきた 透過粒子を表す。  以上のことを図で表すと以下のような様子である。 
   … (a)


 (12)式の波動関数に対して原点における条件を考え、 定数A、B、Cに対する条件を求めよう。  x→0で波動関数が連続であり、 波動関数の微分が(11)式の不連続を持つということから、 以下の関係が導かれる。 
   … (13)

この式は(12)式およびその微分にx→0を代入して得られる。  下の行の式をikで割って整理すると、条件は
   … (14)

となる。 

 定数A、B、Cは、この波動関数が 規格化不可能であることから、絶対値は意味を持たない。  しかし、相対的にどのような値を取るかということは 意味を持つ。  特に、Aに対するBおよびCの絶対値は、 ポテンシャルに対する反射、透過の度合を示すことになる。  粒子があるポテンシャルにより反射させる確率を 反射率と言い、Rで表す。  また、ポテンシャルを通過する確率を透過率と言い、 Tで表す。  透過率Tおよび反射率Rは以下のように定義されている。 
   … (15)

A、B、Cは、(12)式で用いているものと同じく、 入射粒子、反射粒子、透過粒子の波動関数の係数(振幅)である。  確率を表すのは波動関数の大きさの自乗なので、それぞれの係数も 大きさの自乗がTおよびRに関係することになる。  kおよびkは、入射粒子および 透過粒子の波数である。  ここで波数が出てくる理由は、粒子の流れの強さは 波数により表されるからである。  ただし、反射粒子の場合は入射粒子と同じポテンシャルを 運動するため、波数が等しくなりこの因子は存在しない。  一般には、ポテンシャルの壁の前後で波数は変化する。  しかし、今考えているデルタ関数ポテンシャルの場合、 原点の前後でポテンシャルの値は同じであるため k=k=kであり、 この因子は考えなくてよい。 

 (14)式の条件を用いて、反射率および透過率を求めてみよう。  まず透過率Tを求めるために、Bを消去する。  (14)の2式を足しあわせるとBが消去され、以下のようになる。 
   … (16)

よって、透過率Tは以下のように求められる。 
   … (17)

大きさの自乗を取る際には、m、V、k、ħが 全て実数であることから、 複素数の法則 (大きさの自乗=実部自乗+虚部自乗)を使って求めた。 

 次に、反射率を求める。 (14)式の上の行と(16)式を使うと 以下のように計算できる。 
   … (18)

よって、反射率Rは
   … (19)

となる。 

 (17)式および(19)式を見てわかることは、 まず透過率がゼロではないということである。  古典力学では、エネルギー以上の高さのポテンシャルを 越えることはできない。  しかし、量子力学ではこのようなポテンシャルを 飛び越え、古典的には許されない領域に 入ることができる。  この現象は「トンネル効果」と呼ばれる量子力学特有の現象で、 量子力学の奇妙さを表す例としてよく登場する。  トンネル効果は実際にいろいろなところで起こっており、 特に太陽中心付近での核反応において重要な役割を果たしている。  トンネル効果がないと太陽は核融合反応を 起こすことができず、その輝きを失ってしまうそうである。 

 (17)式と(19)式を見比べてわかることは、 T+R=1となっているということである。  これは、入射粒子の全てが反射するか透過するかしているということを 示しており、確率の保存を表していると考えられる。  また、Vが非常に大きい場合は ほとんどの粒子が反射され、運動量(p=ħk)が 非常に大きい解きはほとんどの粒子が透過することがわかる。 


 ここでは、1次元を運動する散乱状態の粒子の例として、 デルタ関数ポテンシャルの問題を扱った。  散乱状態の問題の対処方法をまとめておくと、 まず時間に依存しないシュレディンガー 方程式を考えるのは束縛状態のときと同じである。  しかし、波動関数は規格化されず、エネルギーは量子化されない。  そこで、+x方向向き、−x方向向きの進行波を考え、 粒子の相対的な存在度を調べ透過・反射を仕方を 調べる。  このことにより、粒子がどのように散乱されるか 知ることができるのである。 



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